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2024.04.08

【インタビュー】東工大 田中特任准教授がメタバースを選んだ理由

東京大学・東京工業大学・早稲田大学を主幹機関とした『世界を変える大学発スタートアップを育てる』プラットフォーム「GTIE(ジータイ)」。その中でコミュニティを企画・運営するのが東京工業大学 特任准教授の田中孝佳さんだ。田中さんが現在仕掛けるコミュニティ・プロジェクトがメタバースを活用したものだという。ただ、初めから「メタバースありき」ではなく、コミュニティのあるべき姿を追求した先にあった選択肢の一つが「メタバース」だったという。現在進行形でプロジェクトを推進する田中氏に、メタバースの持つポテンシャルや活用の意義などをMetaStep(メタステップ)編集部が聞いた。

東京工業大学特任准教授
田中孝佳さん

慶應義塾大学 経済学部卒業後、投資銀行に入社し、上場REITの引受業務、不動産の証券化やREITのM&Aを経験。投資銀行を退職後、地域活性化を支援する官民ファンドへ入社。ファンドでは全国の観光活性化を中心とした事業者への投資や、投資先の経営支援に従事。

その後、スタートアップ企業の新規事業開発に従事した後、ソーシャルデザインパートナーズ株式会社を設立。自社事業の立ち上げや資金調達を進める他、地域活性事業者のファイナンス支援等を行う。本経歴を背景に東京工業大学の研究・産学連携本部の特任准教授に就任、大学発のスタートアップ創出に向けた各種支援やエコシステム構築を手掛ける。

大学発スタートアップを育てる手段に「メタバース」?

― GTIE(ジータイ)について教えてください。

「Greater Tokyo Innovation Ecosystem(GTIE:ジータイ)」は、東京大学・東京工業大学・早稲田大学が主幹機関となって進める「世界を変える大学発スタートアップを育てる」プラットフォームです。都心を中心に、多くの大学や行政、スタートアップ支援機関から構成される産官学連携の取り組みになります。

引用:GTIE(ジータイ)のウェブサイト

― 田中さんは東京工業大学特任准教授のお立場としてどのように参画していらっしゃるのですか?

GTIEはビジョンとして「世界を変える大学発スタートアップを育てる」と掲げていますが、それを実現するには様々なレイヤーでの支援体制や仕組みの構築が必要となってきます。現在、GTIEはGAPファンド(大学発ベンチャーの創出を促す基金)を一つの軸として各種プログラムが構成されていますが、私はその前段階として、そもそも起業に無関心な研究者や学生に関心を持ってもらうための「きっかけ作り」に関わる活動に従事しています。

また私自身の立場で言えば、東京工業大学の特任准教授としての一面を持つ一方で、自分の会社を育てる経営者としての一面も有している、いわば片足は外部に属する人間となります。もしGTIEが大学教員に閉ざしてプログラムを完結しようとすると、どうしてもアカデミックなアプローチに偏りかねません。その中で私のような外部の人間が、経営者としての「リアル」を持ち合わせながらGTIEに従事することで、理論とリアルのバランスを取る役割もあると意識しています。

現在私が特に注力している領域は、メタバース空間を用いた大学横断型コミュニティの醸成です。経営者としての経験を活かすのはもとより、キャリアとしてもスタートアップコミュニティやローカルビジネスコミュニティをプロデュースする立場としても活動してきたことから、それら知見を応用することでGTIEにおいてもメタバース上で大学の垣根を超えたコミュニティ創出を考えています。

― スタートアップを育てるプロジェクトでメタバース!?具体的にどのようなプロジェクトなのでしょうか?

一言でいうと、メタバース上に大学のキャンパスを作ります。その名も「MetaCampUs(メタキャンパス)以下、MCU」。名称はやや安直だったかもしれませんが笑、分かりやすさを重視しました。現在、イベントホールやカリキュラムを受講できるメディアセンター、自由なコミュニケーションが取れる横丁等のワールドを常設しています。

MetaCampUs(メタキャンパス)のイメージ画像

MCUのビジョンとしては、「やりたいがカタチになる、大学横断型のメタバースコミュニティ」を掲げており、研究者や学生の素朴な「やりたい」という想いがMCUを通じて形になっていくことを理想形とおいています。そのため、MCUでは単なるナレッジ習得に閉じず、仲間と偶発的な出会い(セレンディピティ)や、そこで生まれる共感や共鳴(シンパシー)、また仲間や先輩後輩の触発(インスパイア)が生み出される場として設計しました。

大学発スタートアップを生み出す在り方を考える以前の問題として、起業に対する心理的ハードルは高いのが現実だと思います。それを打破するアプローチの一つとして、やりたいことを自分の人生として向き合い、起業を当たり前と認識できるような「オープンな雰囲気作り」こそが重要だと考えました。そのため、本プロジェクトはマインドセットそのものを少しずつ変えていくような、地道な取り組みになります。

もちろん、成長領域に資金を投下するGAPファンドのようなアプローチは有効で、即効性も高いと思います。ただ、そういったアプローチだけだと、戦略的に成長分野への資金投下はできても、偶発的なイノベーションが起きにくい現況は依然として変わらないと思います。例えばFacebookにしても、元を正せば学生ノリのアイデアから発展した偶発的なビジネスでしょう。MCUは、そうした「ノリが生まれる土壌」を耕すイメージで取り組み、啓蒙活動的にアプローチしていくプロジェクトです。

コミュニティを突き詰めた先に会った「気づき」

― どのような経緯でメタバースを活用することになったのでしょうか?

方法論として、もともとは会員制サロンの立ち上げや、イベントや情報発信を通じた啓蒙活動から検討していました。ですが、どうしても中央集権的というか、偶発的、相互的なコミュニティ醸成には向かないと考える中で、コミュニティプラットフォームの在り方を模索していった結果として、メタバースを選択したという経緯になります。

そもそもメタバースは手段に過ぎません。さらに言えば、機能面においてメタバースでしか実現できないことは、少なくともMCUに限って言えば多くはないと思います。イベントはZoomで十分かもしれないし、コミュニケーションも既存サービスの導入で事足りるのではないかとの考えもあるかと思います。

動画の視聴に最適化された「視聴覚室ワールド」では、ワールド奥にあるディスプレイに画面を共有して動画の視聴が可能だ

最後は当然、「コミュニティを生み出す」という目的に沿って手段を選ぶわけですが、手段に固執せずに様々な選択肢を机に並べた結果、自分たちでメタバース空間を立ち上げて運営するのが最適だと確信するに至りました。様々な手段を検討する中、試験的にメタバース空間で学内の打ち合わせを実施した際、同僚の教員1人がそれをきっかけに私との距離感が縮まり相談しやすくなったとの声があり、機能面だけでは説明のつかない効果を実感できたのも決め手の1つとなりました。

― コミュニティを突き詰めた先にあった「⼿段としてのメタバース」、⾯⽩い視点ですね。具体的にもう少し教えて下さい。

コミュニティの定義は人それぞれですが、MCUでは人と人が共感を通じて緩い繋がりを持っている状態の創出を目指しています。端的に言えば、なんとなくイケてるなって思って、ふわっと参加している状態。これが連鎖して初めてコミュニティになります。

こうした状態を大学の垣根を越えて作るとなると、真っ先に空間上の制約を取っ払う必要が出てきます。そうなると対面での関係構築が困難ですが、かといって単純にオンライン上の仕組みを用意したとしてもそこに共感を生み出すことは出来ません。ましてや、GTIEとして組織的、トップダウン的に機能や仕組みを提供しただけでは、傍から見れば一言、「イケてないな」となります。こうしたジレンマを抱えながら、機能性や利便性ではなく、よりエモーショナルな価値や共感を生み出す方法を模索した結果、既存の仕組みの組み合わせで目的を達成するのは限界を感じたというのが本音です。

今回私たちはHubsでオリジナルの空間や機能を開発しました。Hubsのいいところは、柔軟に設計することができ、かつブラウザで誰でもアクセス可能なことです。デザイン面でも分かりやすく思想やアイデンティティを埋め込み可視化することで、作り手たる私たちの想いやノンバーバルなメッセージを持たせたりすることが可能です。

また、参加する側の立場においても、メタバース空間は「ちょうどよい」と考えています。まずGTIE所属大学のみの参加というので安心感のあるフィルターはかかりながら、一定程度の匿名性の担保された関係性を構築することが可能です。見知らぬ人と積極的にコミュニケーションをとれる外交的な人には不要かもしれませんが、自身の研究に没頭する内向的な人にとって、ゲームに参加する感覚で人と会ったりイベントに参加したりできるだけでも、心理的ハードルはぐっと下がるはずです。

横丁を模した地下に存在する「横丁ワールド」は、バー、居酒屋、ラーメン店が軒先を連ね、3~6人程度で歓談する事を目的としたワールドだ。各店舗にある椅子に着席可能だという。

さらに、アバターはMinecraftのスキンを採用し自由にデザインを変更することが可能な他、ゆくゆくはユーザー全員にどうぶつの森のような自分の部屋をもって自在にレイアウトすることが可能となる予定です。これらは空間に愛着を持ってもらうきっかけになると考えていますし、愛着はユーザー同士でいい連鎖を生むと考えています。こうした細かい体験設計は、既存サービスで実装するのは困難ではないかと思います。

こうした観点から、機能面や利便性では説明のつかない、エモーショナルな面での設計を考慮した結果、GTIE独自でのメタバースを構築するのが最適だという結論に至りました。

―校内関係者にメタバースを説明し、理解してもらう苦労があったそうですね。その壁をどう乗り越えたのでしょうか。

おそらく、大学という組織に限らず民間企業含めて、同じような壁はあるのではないかと思います。まずもって、前例がないところからのスタートですから。

企画を学内で説明する中でも、メタバース空間であることの理由は各所で問われました。前述のとおり、メタバースであることは手段に過ぎないですし、機能だけに着目すれば既存サービスで事足りるとも言えます。さらには、GAPファンドのような即効性のある施策でもなく、不確実性の高いプログラムと思われても仕方ありません。

私の場合、MCU自体が壮大な社会実験であるとの位置づけを持ち、研究機関たる大学だからこそ率先して社会へ実装していくべき、というスタンスを貫きました。そのロジックが功を奏したわけではありませんが、少なくとも教授からは目的と手段の選択に関して共感と同意を得られ、最後は予算を絞る中でやってみよう、となりました。ここに関しては、私が学外から招聘された立場だからこそ、こうした不確実性の高いプロジェクトを進められているという面もあるかと思います。

今だから言える「もっとこうしておけばよかったこと」

― メタバースを作り始めてどのような苦労がありましたか?今だから思う「もっとこうしておけばよかった」ことを
教えてください。

苦労としては、意思決定や開発において想定以上に時間がかかったことにあります。学内での説明から始まり、構想を具体化し仕様書へ落とし込み、ベンダーと打ち合わせをして解像度を高めていくプロセスに1年以上もの時間を費やしています。

想定以上に時間を要した背景として振り返って思うのは、メタバースという手段に加えて、コミュニティ自体への理解も得られにくい点にあったと思います。定量的な判断がつかないことから、メタバースを導入する有益性が説明しにくく、加えてメタバースで実現したい目的やゴールそのものの言語化もまたハードルが高いといったことを痛感しました。そもそも「イケてる」を言語化すること自体が不可能です(笑)。

時間帯によって教授が待機している「職員室ワールド」は、講義に関する相談や教授と生徒間でのクイックなMTGも可能になる

仮に、分かりやすく機能的なメリットを訴求できて、定量的な判断が可能であれば、そのハードルは下がったと思います。ですがそうしたデータは現状存在していないと思いますので、客観性の担保という意味では、メタバース空間を実際に設計、運用している人からの話を聞くことができたら良かったのかもしれません。同様に、もう少し他のメタバース運用事例を取りまとめ、社会的なトレンドと合わせて理解を訴求するようなアプローチをすればよかったなと思います。もし同じような悩みをお持ちの方がいらっしゃれば、MCUの事例がその一助になればうれしいですね。

― プロジェクトの現在地と、今後の展望について教えてください。

MCUは、4月にβ版としてサービスをリリースするフェーズにあります。足許においては、GTIEに所属する大学の研究者や学生なら誰でもアカウントを作成することができ、その中で様々なカリキュラムやイベントに参加可能な他、他大学の人とも交流を持てるような機能や空間を開発しています。

まだβ版となるので機能は限定的ですが、足許ではコミュニケーションの促進やナレッジの習得といった部分に注力して開発を進めています。一方、MCUは私たちが一方的にその使い方を規定するのではなく、なるべくオープンに開いていきたいと考えています。例えば、各大学の起業サークルの部室や溜まり場だったり、大学発ベンチャーのバーチャルオフィスとして使われたりと、その用途はユーザーによって開発されていくといいなと思っています。最終的に、私が全く予期しなかった使い方で盛り上がってもらえれば理想だなと思います。

まずは今後の展望として、共感してもらえるユーザーを1人でも多く参加してもらうことを掲げています。この取り組みに共感する人が10人生まれ、その10人に10人ずつの共感者が生まれれば100人になる、といった具合に広がっていくといいなと思っています。ユーザー数をKPIにおいて進めるというよりも、少数でも「共感者」を生み出すプラットフォームとして、ゆっくりと成長させていく方針です。ひいてはそれが遠回りのようで近道ではないかと信じています。

そしてその先にある将来的なミッションとしては、起業を実際にするかしないかに関わらず、MCUに来ることで人生の選択が広がり、自分の人生の選択を後悔しない社会を実現していきたいと考えています。そのためには、酸いも甘いも色んな方々の経験やナレッジがMCUに蓄積されていき、その想いや声に触れることが出来る空間にしていきたいと思っています。ここに来れば、人生が広がる。そんなプラットフォームになり、いつかFacebookのような「ノリ」から生まれるスタートアップが生まれることを願っています。