企業やアーティストとイベントを企画し、メタバース空間に会場を作り開催する「バーチャルイベント」。これをPR・販促施策で活用するケースが増えてきた。一方で「わざわざバーチャルで開催する意味があるのか」など、懐疑的な見方があるのも現実だ。今回、MetaStep(メタステップ)編集部は、音楽イベントやテレビ局のイベントといった話題のバーチャルイベントを数多く手掛けるAlche(アルシェ)代表取締役社長 川 大揮さんに取材。これまでの経験を踏まえ、バーチャルイベントの魅力、顧客をも巻き込む新たなバーチャルイベントの潮流など、大いに語って頂いた。(文=MetaStep編集部)
Alche株式会社 代表取締役社長 川大揮さん
Alche株式会社について
VRやメタバースでのイベントは、2Dの動画やWebページとは異なり、「自分事(ごと)感、没入感」があると考えています。音楽ライブをひとつ例にあげてみます。スマホアプリで配信された2Dのライブ映像を見る体験も良いですが、創りこまれた3D空間に入り、自分のアバターを操作したり、VRなどを通した一人称視点で自ら動きまわったりするという能動的な楽しみ方であれば、空間に没入し、作品への感情移入がしやすくなると考えています。表現という点でも、3Dの自由度は、奥行きも増えるぶん、当然2Dの視聴よりも何倍も広がります。この点が、IPやブランドなどの世界観を伝えるにあたっては重要な部分だと思っています。360度の視野で伝えたいことや世界観を共有できることは、メタバースを活用したれる空間演出の強みだと思います。
Alcheの事例である音楽グループ「RADWIMPS」のバーチャルライブ「SHIN SEKAI "nowhere"」(企画制作:Party)。スマホアプリから、ライブ会場である3D空間に入り、自分のアバター(分身)を操作。縦横無尽に動き、飛び跳ねることができたり、「エモート」という多彩な感情表現ができたり、「聴くだけ」のライブ体験にはない面白さを感じられる
商品のプロモーションなどにも通ずるところがあります。例えば、GUCCIなどのハイブランドファッションのリアル店舗は、ブランドのイメージに基づいて店内装飾や雰囲気づくりにとてもこだわっていて、入店するだけで、特別感を感じられるものとなっていますよね。メタバース空間でも同じように、空間の中をめいっぱい使い、細部までこだわり、アーティストやキャラクター、商品が持つイメージを演出し、訪れたお客さんに伝えることができます。
えんとつ町のプペルVRもAlcheが手掛けた。キャラクターが持つ世界観を、空間で表現できるのがメタバースの強みだ
イベントはリアルが楽しいし、現地だからこそできる価値が高いのは今後も変わらないと思います。しかし、リアルの場合は「その場に行かないと体験できない」という物理的な制約からどうしても逃れられません。海外であれば尚更現地へ行くのは困難です。
メタバースに作られた 「バーチャル東京タワー」。世界中から人が集まり、東京に来なくても、雰囲気を感じられる
一方バーチャル空間での体験は、場所の制約はありません。世界中いつでもどこでも同じ空間で、同じ体験ができます。音楽ライブのように言語の壁がないイベントこそ、この利点が最大限に発揮できると考えています。海外の音楽ライブがインターネットで配信され、世界中のファンが同時に楽しんでいる状況は、YouTube等で既に浸透していて容易にイメージできると思います。日本の会場でイベントを開催すると、海外の人は日本に来る必要があり、手軽に来場できないですからね。「世界中に届けられる」これだけで大きなメリットがあるはずです。リアルはもちろん、イベントの価値をリアルとバーチャルのハイブリッドで展開することで、イベントの参加者を増やしたり、イベントの価値そのものを高めたりすることができるのではないでしょうか。
また、多くの企業が「リアルで開催した方が良い」と考える理由として、単純に「バーチャルイベント開催の成功事例が少ない」というのが大きいです。
まずリアルイベントについて考えてみましょう。企画を立ち上げる際は、既に数えきれない前例があります。開催における流れも体系化されていて、「顧客のニーズに合わせてどういうイベントを行えば狙った効果を生み出せるか」の目安が付けやすい。もちろん確実なものばかりではありませんが、新しく企画を立ち上げる時に「どうやったらうまくいくか?」の前例が既に多くあり、仮説にもとづいて、取り組みやすいのは事実です。
一方、メタバースやXRはまだまだ未開拓の領域です。バーチャルイベントに取り組んでいる企業もリアルに比べるとまだまだ少なく、大規模な成功事例も多くはない。そんな現状ですから、新規にイベントを始める企業としてはまだハードルが高く感じてしまうようで、「よくわからないものに投資するなら、前例の多いリアルイベントにしよう」という考え方が一般的なのかなと思います。
でも、それでバーチャルイベントに取り組まないのはあまりにももったいない。私たちは、バーチャルイベントがもたらす新しくて自由な映像表現や、参加者が能動的に楽しむインタラクティブな体験を作り出せる事は大きなメリットと考えています。既にある成功事例が、その根拠となり得るでしょう。
米ラッパーの「トラヴィス・スコット」がオンラインシューティングゲームFortnite(以下フォートナイト)で行ったバーチャルライブは同時接続者数1,230万人を記録し、その映像表現と、動き回って楽しむライブの新鮮さで、一躍メタバースイベントの可能性が広まった。(引用:Travis Scott 公式)
例えば、フォートナイトで行われたTravis Scottさんのライブでは、世界中から1,230万人が同時に集まり、推定20億円円以上の売り上げがあったと言われています。デジタル、メタバース上でのライブは、演者が巨大になったり、曲の雰囲気に合わせて宇宙のような空間でライブをしたりする事が可能です。
体験者は会場を自由に動き回り、飛び跳ねたり、エモートという感情表現を使ったりすることで、気持ちを表現して楽しむことができます。本来音楽ライブというものは、実際に会場に行かなければ、ただ動画を見て聴くだけになってしまいがちですが、ここでは自らが動くことでインタラクティブにライブを楽しむことができます。
バーチャルイベントを一度でも経験し、その価値をわかってくれた人たちの口コミを見ていると、イベントごとに想像以上の反響を頂いています。やはり、参加した映像をそのまま自分のPCやスマホから拡散できるのは、デジタルとの親和性が最も高いバーチャルイベントならではと思います。また、ハッシュタグ(同じタグをつけた投稿を閲覧し合える機能)を決めてX (旧Twitter)で投稿してくれるなど、色々な方法で拡散をしてくれています。とはいえ言葉や映像で伝えるのは難しいので「とにかく行ってみて!」という声が多いように感じます(笑)
お台場を舞台にした「バーチャル冒険アイランド」。ユーザーが友達と一緒に参加できるような仕組みづくりも意識している。
イベントを実施する側としては、みなさんにシェアしていただける仕掛けを施すことも重要と考えています。最近では、UGC(ユーザー生成コンテンツ:ユーザー自身が制作・発信するコンテンツ)なども人気ですが、そこには「自分で作った、体験したものをみんなに見て欲しい」という動機が働きます。私たちが体験を提供しつつ、そこで得た感情や映像をもとに、二次創作やオリジナルコンテンツを作って発信する動きもどんどん活発になっていく。そんな仕組みを作っていきたいですね。
動画のような一方通行のコンテンツよりも、インタラクティブなメタバース的なコンテンツは、SNSなどを通して、広く拡散してもらえる傾向があると思います。しかも、体験自体を密度高く体験してもらえることによって、、拡散効果以外にも、通常のコンテンツ/クリエイティブ以上に認知がすすみ、ファンになってもらえる人が増えやすい傾向があります。
まず、バーチャルでライブやイベントを作ったとしても、体験していない人からは「映像でいいじゃん」「何が嬉しいのか、楽しいのかわからない」という反応は結構返ってきます。人は自分が体験したことがないものに対して、適正に価値を判断することができませんから。
そのためにまずは、「このイベントの趣旨はこうで、皆さんにこんな体験を提供します」「特にこういう所が面白いポイントです」といったセールスポイントを、マーケティングやプロモーションを通じて、参加を検討しているユーザーに知らしめていくことが結局重要なのかなと思います。新しいアプリやサービスを始めるときも同じですよね。最初は「そんなものいらないよ」「他社のアプリや商品で代替できるよ」と言われがちですけど、そこで「どこが便利なのか」を伝えてちゃんと宣伝することで、ようやく人気が作れるわけです。
そもそも「何がお客さんに刺さり、何が楽しいのか」ということを、イベントをやっている本人自身が整理できていないことさえあります。「とりあえず新しいことを詰め込んでおけばいいや」となりがちなのですが、単に機能をたくさん積んでも誰にも刺さりません。誰をターゲットにして、その人たちに何を刺すのかを明確化することが必要です。面白く熱中できるポイントを担当者自身がきちんと説明できないまま、ただただイベントをやってもうまくいかないことがほとんどです。
ですから私たちも、考えていた狙い通りにお客さんが楽しめてくれたのか、イベント後の効果測定を入念に行っています。バーチャルイベントとはいえ、特別なことを考える必要はありません。「2回以上来てくれたか」「毎回の滞在時間は」など、最低限のことはしっかり行うべきと考えて取り組んでいます。
Alcheが提供するメタバース構築ソフト「stellla」。ユーザーデータを取得し様々な目的へ利用する事を推奨している。
まずは目標設定を着実に行った上で、「バーチャルだからこそ出来る要素」を考えるべきなんです。ここはとにかく「楽しい」という視点が重要だと思います。楽しかった思い出や、ここにきてよかったなというユーザーの想いを拾っていくことはイベントとして一番大切な要素ですから。
バーチャルイベントに企業が取り組む動機は、「新しくて面白そう」「儲かりそう」「新しいビジネスを創出できそう」という感じが多いかと思います。つまり目的がぼんやりしていることが多いんですが、その目的をハッキリさせて進めて行けば、「新しくて面白そう」と思ったユーザーをしっかり掴んで離さない、有益なイベントになる事は間違いないはずです。
360°での高画質がVRだけでなくYouTubeでも体験できる。動画ページに行くと、マウスクリックで視点が変えられる。ぜひやってみてほしい。
学生時代にステージマジックをやっていた経験が、原体験として大きいですね。数百人の観客の前で、ステージに立ってマジックを披露するという活動をしていました。
曲に合わせてマジックを展開するというパフォーマンスだったんですが、相手の期待値を超える面白さを作っていくところに楽しさを感じましたね。
また、自分の中で膨らませたイメージを具体化していくプロセスを通じて、作品を作ることや、観客になんらかの感情を持ってもらうことが純粋に面白いなと思ったんです。
そういったバックグラウンドがある中で、エンタメ領域で何かを作っていこうと思ったきっかけとしては、Oculus Quest(オキュラスクエスト:現在はMeta Questに名称変更)が発売されたことは大きかったです。最初は軽い気持ちで試したんですが、想像以上にVRの世界がリアルに感じられ、「こんな世界が作れるんだ!?」という驚きがありました。
私は将来的に、コンテンツの世界に入れる体験を詰め合わせたテーマパーク、具体的には没入体験ができるアトラクションが揃ったエンタメ空間をデジタル上に作りたいと思っています。例えて言うなら、デジタル上のディズニーランドですね。
具体的な取組み事例には、まず1つはバーチャルイベントです。音楽ライブだと、先に挙げたRADWINPSさんの他に、青山テルマさんやVTuberの富士葵さん、YuNiさんといった方が、メタバース空間上に創り上げた「バーチャル東京タワー」に集まり音楽ライブイベントも行いました。
リアルのタレント&アーティストとバーチャルアーティストとの夢のコラボが実現!メタバース空間上に創り上げた「バーチャル東京タワー」でアーティストが歌い、MCをする。配信中は、実際の東京タワーでもライブビューイングが行われた。
フジテレビの番組コラボで2年連続開催した「バーチャル冒険アイランド」
また、音楽だけでなく、お台場を舞台にしたメタバース上で、フジテレビの番組などが遊べる「バーチャル冒険アイランド」などがあります。
直近のAlcheのもう1つの軸は、フォートナイトのようなゲームでの体験作りです。アニメIPやテレビ局の番組をゲーム化していくといった取り組みを行っています。最近ではYoutubeアニメの制作配信を行っている株式会社Plottさんと共同で、人気YouTubeアニメ「混血のカレコレ」のゲームをフォートナイト上に制作しました。
「混血のカレコレ」は、地球ごと異世界転生した世界=異宙で、何でも屋である「カレコレ屋」を営む3人の物語。人気アーティスト・meiyo氏制作の楽曲リリースやコミカライズなど、YouTube外にも活躍を広げている。
これらの2軸で体験を作りつつ、3つのアプローチで企業様のご要望にお応えしています。
1つ目は、既存プラットフォームの課題解決です。すでに他社のプラットフォームでメタバースを利用している企業様から、現状に課題を感じている部分についてご相談を受けています。Alcheではメタバースを自由に構築できるカスタマイズ機能があるので、各企業様およびそのユーザーにマッチした機能を作れます。
次に「バーチャルイベントをやりたいけど、どのプラットフォームがよいかわからない」というご相談にもお応えしています。顧客の要望をしっかりヒアリングし、もしAlcheが合致していなければ、「この会社のサービスがオススメですよ」と他社製品を正直に案内しています。全く何をすればいいかわからないというプロジェクトであれば、企画から携わることもありますね。
最後に、フォートナイトでのワールド・イベント制作です。Unreal Engine for Fortnite(以下、UEFN)という制作ソフトを使う事で、フォートナイトで遊べる新しいゲームを作る事ができます。建物やゲームの目的設定などを自由に作ることができるので、顧客の「フォートナイトで何かしたい!」という要望に合わせ、イベントを作っています。こういったお問い合わせは最近増えていて、UEFNを上手く活用できている会社は、現時点ではあまり多くありませんから、UEFNを使ってレベルの高いコンテンツ作りをしたいという企業様の手助けもさせていただいています。
フォートナイトは一般ユーザーでも新しくワールドやミニゲームを作れる仕組みだが、UEFNはプロも使うソフト。クオリティが高いものを使うのはかなりの技術を要する
話題作りのためにバーチャルイベントをやる、というフェーズは過ぎ去ったのかなと思います。実際、すでに事例もたくさんある中で、新規性やニュース性も薄れていますし、ユーザーも慣れてきていますから、純粋に閲覧されにくくなっている。
一方で、エンターテイメントとしてや、商品のプロモーションをしていくという取り組みは、最近増えていると感じます。エンタメとして楽しんでいるうちに、そのコンテンツや商品について詳しくなり、買ってみたり食べたくなったりする。プロセスを楽しみながら、商品やサービスのことをいつの間にか認知し、好きになっていく。バーチャルイベントのこうした傾向が強まることで、今後は企業サイトもテーマパークのような要素を持つようになるかもしれません。サイトを訪れたらいろんなストーリーが展開され、そして、ストーリーや体験になっていることで「この企業はこんなことをしているんだ!」ということが鮮明にわかるようになる。どうです? やってみたいと思いませんか?
メタバースを活用したバーチャルイベントで、企業やアーティスト、IPの新しいアプローチを提供する。そのような方面での活用は大いに可能性があります。活路はこれからもっと広がっていくと思いますよ。