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2024.06.05

「トッパンバーチャルヒューマンラボ」に潜入! バーチャルヒューマンの可能性に迫る

エンタテイメント業界での活用から、今後、他の産業に社会実装が進むと言われているバーチャルヒューマン。今回、MetaStep(メタステップ)編集部は、人体情報データ活用の研究開発を進める「トッパンバーチャルヒューマンラボ」に潜入取材した。日本にわずか2台しかないスキャニングシステムの撮影体験やデモを通じ、バーチャルヒューマンの可能性を体感。「人体の計測データがオンライン上を行き来する時代は近い」と熱い思いで同技術の研究を続けるTOPPANホールディングス株式会社(以下、TOPPANホールディングス)の田邉 集氏に、最新動向とビジネス活用の可能性について聞いた。(文=MetaStep編集部)

ハリウッドでいち早く使われてきたドーム型スキャニングシステム

TOPPANホールディングスがデジタル情報の発信地である秋葉原に2020年12月に開設した「トッパンバーチャルヒューマンラボ」は様々な人体情報データ活用に関する研究/用途開発を推進する共創の場だ。個別の入室管理システムや監視カメラなど厳重なセキュリティ対策が施されたラボに入ると、近未来感漂う大きなドーム状の装置が目に入る。

これは人の顔を様々な角度から一気に撮影し、顔の計測データを取得する「ライトステージ」という最先端のスキャニングシステム。日本には2台しかない、最新鋭のシステムだ。顔の3Dデータを計測する技術は他にも存在するが、撮影の際、装置内に設置された300以上の光源をコントロールすることで、顔の形状だけでなく、肌の質感情報(色,テカリや透明感などの情報)を捉えることができるのが大きな特徴。SF映画やドラマなどの視覚効果(VFX)において、「ライトステージ」は欠かすことができないシステムで、我々が普段観ているエンタテイメント作品でも、多く活用されている。

VHLは、人物のCG(バーチャルヒューマン)の作成に関する研究に取り組んでいる。過去に制作したCGを見せてもらったところ、実在の人物と見紛うほどリアル。高品質なCGが作れるのは「ライトステージ」で取得した精細な人体情報をベースにしているからだという。

MetaStep編集部は、「ライトステージ」で撮影を体験させていただけないかと依頼。実際の撮影では様々な表情の撮影を行う他、モデル側の準備にも時間がかかることから、今回は特別に簡易的な撮影を行っていただいた。

ひときわ目を引く球体の装置は18台のカメラと350以上の光源装置からなる。緊張しなら撮影にのぞむMetaStep編集部

撮影はシャッター音に合わせて近未来を連想させるライトが規則的に点滅し、3秒ほどで終了した。

光の当て方を変えながら16枚の画像を撮影することで、様々な肌のテクスチャー(質感)を記録することができる。

「『ライトステージ』は南カリフォルニア大学で開発された装置ですが、実は開発されてから意外と時間が経っています。最初に発表されたのは2000年で、これまでバージョンアップを重ねながら主にハリウッド映画で利用され、実写と見分けがつかないほどのCGをつくることに成功してきました。ご存知の方も多いかもしれませんが、アカデミー賞視覚効果賞を受賞した『スパイダーマン2』、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』、『AVATAR』など多くの作品でライトステージが用いられ、その功績を称え2010年にこの技術自体がアカデミー科学工学賞を受賞しています。その他多くの映画で使われてきましたが、PCの性能が良くなってきたことや、レンダリング技術の発達などから2020年あたりからその他の業界でも利用が増えてきました。私たちも、この技術を産業界で活用すべく、ここでバーチャルヒューマン研究に取り組んでいるというわけです」

TOPPANホールディングス 事業開発本部 チームリーダーの田邉 集氏

このように語るのは、TOPPANホールディングス 事業開発本部チームリーダーの田邉 集氏。VHLの責任者を務める人物だ。これまで限られた用途にしか利用できなかったバーチャルヒューマンが、いよいよ産業向けに利用される段階に差し掛かっているというのだ。

実在の人物と見紛うリアルなバーチャルヒューマンの価値とは?

では「ライトステージ」で計測したデータを元に作成されたバーチャルヒューマンは、産業用途でどう活用できるのだろうか? この疑問に対する1つの答えもVHL内で見つけることができた。

ラボ内に設置されていた86インチの大型サイネージ。その中に映し出されたバーチャルヒューマンは音声合成技術を使用した対話型AIシステムにより、人と自律的に会話することができる。筆者も実際に会話したが、あたかも目の前にいる人から話しかけられているかのような錯覚を覚えるほどだった。

タブレットで髪型や服装などを瞬時に変えることも

産業用途での利用を想定すると、このような仕組みを活用して、受付や案内業務を自動化することがまず思い浮かぶ。しかし、この仕組みは「単に正しい情報をユーザーに提供するという用途にはあまり向いていない」と田邉氏。

確かに、知りたいことがはっきりしていて、正確な情報を知りたいだけなら、人のカタチをしている必要はないだろう。例えばタッチパネル型のデジタルサイネージで事足りるからだ。

例えば、旅行会社の窓口での利用を想像してほしい。旅行先が決まっている人には、目的地の知りたい情報を迅速に取得できるサービスが適しているだろう。では、はっきりと旅行先が決まっていない人はどうだろうか?

「休みがとれたけれど、どこかよいところがないかな?」という人には、バーチャルヒューマンが話をしながら、好みや趣味を探っていけば、最適なプランを提案することが可能になる。つまり、リアルな人の姿をしたCGによる案内が求められるのは、ユーザーに寄り添うことで価値の提供につながるシーンだといえよう。実際、タレント事務所を通じて、実在する人物のバーチャルヒューマンのキャスティング事業なども開始しているという。

その他にもVHLではバーチャルヒューマンに関する様々な実証実験を行っている。その一つが2023年秋~2024年春まで行われていた、近畿大学 東大阪キャンパスでの実験だ。学生の大規模言語モデル(LLM)が掲載されたバーチャルヒューマンとの会話を行ってもらうというこの実験。無機物であるデジタル資産保管機能であるウォレットに対し、限りなく人間に近い身体性を与え,対話型のUIによって情報のやり取りを可能にする世界初の事例だという。

学生本人の代わりに当人そっくりなフォトリアルアバターが、NFTの保有状況を把握したうえで必要に応じてインセンティブ権利を行使・提示してくれるというものだ。

今後は、学生を「人生の伴走者」として中長期的に支援するアバターUI市場の可能性や技術的な進展について検証されていくという。

バーチャルヒューマンが作り出す本当の価値とは?

「ライトステージ」で測定した高精細なデータが、CGのキャラクターをより人間らしく再現することに役立つのは言うまでもないが、「実は、その測定で取得した情報にこそ今後価値が生まれる可能性が高いと考えている」と田邉氏は語る。

「『ライトステージ』をはじめ人体計測装置で取得したデータをお預かりして、様々な価値の提供につなげていくことを目指しています。もちろん、その中には、先ほどの例のようにデジタルサイネージのようなフィジカル空間で利用や、メタバースなどのサイバー空間での活用も視野に入っていますが、本当に大切なのはその取得したデータの活用です。

取得したデータはセンシティブな情報も多いので、管理、保管すると言う点も非常に重要になってくると考えます。また、その情報を活用したいと考える企業も増えると思いますが、

個人情報などとは切り離し、適切に使用できる環境を作ることで、今はない大きなニーズを作り出せるのではないかと考えています」

具体的には、身体動作や手足の形状など、人体計測技術を拡充し、幅広い人体情報を蓄積するデータベースを構築。蓄積したデータは匿名化した上で、サービス提供企業などにAPIで提供することを目指している、とのことだ。

昨今、AIを駆使して作成した坂本龍馬のCGやAIタレントを起用したCMなどが話題になっているが、このようなマーケティング面でのニーズも今後拡大していくと予想される。また、生成AIを活用し、1枚の画像から手軽にバーチャルヒューマンを作り出す技術も進化している。読者の皆様はぜひバーチャルヒューマンが今後どのように進化していくのか、引き続き注目して欲しい。