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  3. 【近鉄不動産】メタバースをとことん使う! 社員も巻き込む メタバース戦略の裏側

メタバースに人は来るのか。投資したお金をいかに利益につなげるのか。メタバースのビジネス活用で多くの企業が頭を悩ませる中、オープンからおよそ1年で一定の結果を出したプロジェクトがある。近鉄不動産が手掛ける「バーチャルあべのハルカス」だ。イベントがないと閑散とすると言われるなか、毎日300人以上が来訪。メタバースとは無縁と思われた年配層も取り込み、次なる打ち手を模索している。約1,000万人が来場する本プロジェクトは、どのような戦略の上で進められたのか? 成功のセオリーとは!? プロジェクトの裏側に迫るべく、MetaStep取材班は、近鉄不動産の本社がある大阪に向かった。(文=MetaStep編集部)

イベントがなくても毎日300人以上が来訪! 引き寄せる秘訣とは

「2023年3月のオープン以来、『バーチャルあべのハルカス』には、当初の想定を超える約1,000万人の方々にご来場いただき、オープン以来、来場者数が300人を下回ったことがありません。この数字には、メタバースに取り組む企業担当者からもスゴイと言っていただけます」

こう熱く語るのは、近鉄不動産 経営企画室 副室長 楠 浩治 氏。「バーチャルあべのハルカス」プロジェクトの総括責任者だ。

近鉄不動産 経営企画室 副室長 楠 浩治 氏

企業がつくるメタバース空間は、イベント開催時にはユーザーが多数集まるものの、特にイベントのない日には来訪者が少なく閑散としてしまうのはよくある話。デイリーで300人以上の来場者を集めている「バーチャルあべのハルカス」は、確かに特筆に値する事実である。

「バーチャルあべのハルカス」は、近鉄不動産が大阪府大阪市で運営する高さ300mの超高層複合ビル「あべのハルカス」をメタバース空間に構築したもの。360度に広がる夜景などが楽しめる「展望台エリア」、近鉄グループ4社がそれぞれのブースで独自の施策を展開する「17階ミドルフロア」、「あべのハルカス」に近接する「てんしばエリア」などのエリアから構成されている。

なぜ、これほどの集客を実現できているのか? 楠氏はその要因を次のように分析する。

「コンテンツにゲーム性をもたせていることは、大きな要因だと考えています。我々は、とにかく『おもしろいもの・楽しいこと』に細部までこだわっています。その一つのキーワードが「ゲーム性のあるコンテンツ」です。

例えば、グランドオープン後の2023年7月にオープンした『ハルカス バーチャルサーキット』は、ゴーカートのギミックを用いたコンテンツ。タイムアタックができ、大人気です。ここでも没入感を持っていただきたく、ゴーカートのスピードメーターなど、細部にもこだわりました。実際、ゴーカート目当てでいらっしゃる方も多くいらっしゃいます」

パターゴルフゲームで驚きの成果! メタバースに来る層を決めつけてはいけない

「『17階ミドルフロア』の近鉄不動産ブースには、当社が運営するゴルフ場の割引券がもらえるパターゴルフゲームがあるのですが、ここでの成果には社内でも驚きの声が上がりました。というのも、ゴルフ場のお客様は年配の男性が多く、メタバースに来る層ではないのではないか、という懐疑的な見方があったからです。

ですが、驚くほどに割引券を持ってきたお客様が大勢いらっしゃった。しかもその多くは、初めて『バーチャルあべのハルカス』を利用した方々でした。メタバース空間からクーポン券を活用してリアルの場に送客できることが実証されましたし、メタバースの来客層を決めつけてはいけない、良い気づきにもなりました。何より『おもしろいこと』が伝わり、行動してくださったことが嬉しかった。

『17階ミドルフロア』の4つのブースでは、当社のほかに近畿日本鉄道と近鉄百貨店、近鉄・都ホテルズが、それぞれ独自に企画したコンテンツを用意しています。グループ会社も巻き込み、バラエティに富んだ楽しみ方ができる環境を日々アップデートしていることも集客につながっているのではないでしょうか。 さらにSNSによる情報発信のほか、近鉄グループの強みを生かして、駅に設置したデジタルサイネージや電車内の広告なども活用したPRの効果も大きいと思います」

なお、「バーチャルあべのハルカス」は、クラスター社との協業により構築されているが、そもそもクラスター社を協業相手に選んだのも、クラスター社が展開する「cluster」が、継続的に活用し続けられるメタバースプラットフォームだからだという。

「メタバースプラットフォーム選定の際には、さまざまなプラットフォーマーの方にお話を伺いました。話を聞いていくなかで、メタバースプラットフォーマーには、それぞれ異なる特徴や得意分野があることが分かりました。例えば、イベント開催が得意なところやバーチャルオフィスなど特定の領域に特化した空間づくりが得意というように――。当社としては、一過性ではなく継続的に集客でき、お客様にとって当たり前の場所になっていくことが必要だと考えていたため、そのニーズにマッチする『cluster』を選んだという訳です」(楠氏)

若手社員がアバター接客! 会社全体でメタバースを徹底的に使い込む

なぜ、継続的な集客にこだわるのか? 同社では「バーチャルあべのハルカス」を、「消費者データを収集する実証実験の場」と捉えていることが、大きな理由のひとつだという。デジタルネイティブ世代の行動や興味関心を、メタバース空間でのさまざまな行動データの蓄積と分析により視覚化し、顧客体験の最適化につなげていく狙いだ。そのためには、常に一定数のユーザーに、メタバースに来場してもらう必要がある。

それに加え、現実の「あべのハルカス」への送客や、先進的なデジタル施策に取り組むことによる企業イメージ向上なども目的としている。近鉄不動産では、目的に応じたKPI(重要業績評価指標)の設定も行っている。例えば、「あべのハルカス」への送客は、「バーチャルあべのハルカス」で「謎解き」コンテンツを用意し、それを解くと「あべのハルカス」の展望台の割引券を渡す、という仕掛けをつくり、効果測定し、次なる施策への参考にしているという。

2021年にスタートした同社のメタバース活用プロジェクトだが、当時は「メタバースって儲かるの?」という疑問の声が社内から挙がったこともあった。そんな中、取り組みがスムーズに進行したのは、社内の風潮があったからこそ。チャレンジ精神を重視する社内の風潮により、「新しいことでも臆せず挑戦し、トライアンドエラーを行う中で、成功に近づいていく」という文化がチーム内に醸成されたことも大きいのだろう。

なお、若手社員全員がメタバースに直接触れる機会を設けるという工夫は、同社社長の倉橋氏の考えを体現化したものだ。具体的には入社1~5年目の社員が研修を受け、ローテーションでアバターとして近鉄不動産ブースで接客体験をする。そして、部署を超えて、若手社員がメタバースを体感したのち、所属部署でメタバースをどう使えるのかをとことん考え、次の「バーチャルあべのハルカス」のアイデアを募るというのだ。

実際に、アバターで接客を行った経験のある同社経営企画室 メタバース担当の草間 純奈 氏は次のように語る。「私自身、メタバースのことは、やってみるまでよくわからない存在でした。実際に経験すると、普段から慣れ親しんでいた3Dゲームと変わらず、意外と身近な存在で、メタバースの楽しさにも気付かされました。アバターでのコミュニケーションも、体験したからこそ理解が深まりましたし、メタバースに対する価値観もだいぶ変わりました」

実際、こうした取り組みの結果、若手社員からデジタル活用についての新規ビジネスのアイデアが生まれていると楠氏は胸を張る。

「例えば、賃貸事業を担当している社員から、『リアルの不動産物件でテナントが空いた際、メタバース空間にその物件のバーチャルルームを構築し、PRできないか?』という声が挙がったりしています。アバター接客などの取り組みで、メタバース活用を自分事として捉え、自らが関わる事業にどう生かしていくかを真剣に考える機運が生まれたのは大きな収穫だと考えています」

新コンテンツも続々登場! メタバース活用の広がりがビジネスの可能性を広げる

楠氏がプロジェクトを進行するうえで、気を配ってきたこととはどのようなことなのだろうか?

「若い社員の意見を積極的に取り入れることをとにかく心がけています。コンテンツの『おもしろさや楽しさ』は、若い人の発想が欠かせません。私の役目は、彼らの考えを具現化することだと考えていますから―」

2024年に入り、「バーチャルあべのハルカス」には、「あべのハルカス」の展望台「ハルカス300」のマスコットキャラクター「あべのべあ」と会話が楽しめる「AIあべのべあ」や、三重県志摩エリアのアクティビティリゾート施設「志摩グリーンアドベンチャー」を、2024年7月の開業前に一足早く公開した「バーチャル志摩グリーンアドベンチャー」、あべの・天王寺エリアを代表する施設のひとつである「天王寺動物園」公認のワールドである「バーチャル天王寺動物園」といった新コンテンツが続々と予定されており、さらなる盛況を博している。

会話型生成AI 「AIあべのべあ」 はお客様からの質問に自動で回答してくれる他、日常会話を楽しむこともできる

2024年7月11日にオープン予定のアクティビティリゾート施設「志摩グリーンアドベンチャー」をメタバース空間で楽しむことができる。「ジップダイブ」や「クライミングタワー」もゲーム性にあふれる

天王寺動物園をモチーフとした公認のワールドが新たにオープンする。バーチャルならではの仕組みを活かした動物の生態観察やクイズを通して学びの機会を提供する。また、空間内で販売したアイテム等の売上を天王寺動物園に全額寄附するなどの社会貢献にも取り組む

「今はまず多くの方に『バーチャルあべのハルカス』を楽しんでいただくことで、プロモーションをはじめ、さまざまな波及効果があると感じています。その可能性を広げるためにも、来場者をさらに増やしていきたい」と楠氏は強調する。オープンからおよそ1年。当初は手探りで始まった「バーチャルあべのハルカス」も、今では同社のビジネスを前進させる切り口になると期待されており、確実に歩を進めている。

取材を終えて

企業がメタバースを活用するうえでの成功のセオリーは何か。トップの決断。まずやってみて「トライアンドエラーにより成功に導く」こと。新しいことへのチャレンジ。これらは、過去のMetaStep(メタステップ)の取材で感じる事例の共通点でした。ただ、近鉄不動産の事例には、新たな気づきがありました。

経営戦略、営業、経理など、所属部署は関係なく、若手社員に「バーチャルあべのハルカス」を体感させ、気づきを得てもらう。手触りのあるメタバース空間での体感を、各人が部署に持ち帰り、今度は部署の立場でメタバースの可能性をとことん考えてもらう。そこから集まるアイデアを「バーチャルあべのハルカス」に活かす。『おもしろいこと』を会社全体で考える。

シンプルなようですが、組織全体でこれを実現するのはなかなか難しいのではないでしょうか。「メタバースで成功するぞ!」と熱量を持ち、立場や年齢を超えた議論の環境をつくり、会社全体でメタバースを活用する。近鉄不動産の成功のセオリーの一つだと感じました。

近鉄不動産の担当者は、まだまだ挑戦は始まったばかりと言います。この熱量や成功のノウハウが、鉄道、ホテル、レジャー、流通などグループ会社へさらに広がっていけば、メタバースのビジネス活用に新たな光が差し込むのではないか。そんなことを感じ、胸が熱くなる取材でした。