Web3を用いて、個人がインフラの構築に貢献し、報酬を獲得できる技術「DePIN(ディーピン)」について、有識者であるNECさんに、DePINの基礎から未来まで知見をご共有頂く本連載。最終回では、これまでの基礎知識からDePINの構造理解を踏まえ、DePINの課題と更なる可能性を学んでいきましょう。それでは、よろしくお願い致します。(第1回、第2回、第3回も併せてご覧ください)
通信事業者向けの基幹系/情報系システム開発にアプリケーションエンジニアとして従事。その後は、海外の様々なシステムインレグレーションや提案プロジェクトを経て、現在はWeb3などの新規ビジネス開発に取り組む。
井上智紀
入社以降、研究所にて新世代ネットワークの研究に従事。シリコンバレー地域に赴任し共創型で世界初の分散型ネットワーク制御装置の設計とOSS開発をリード。帰国後ブロックチェーンの研究開発と事業化推進を経て、現在はWeb3関連の新規ビジネス開発に取り組む。
小出俊夫
最近、Web3領域で注目を集めているキーワードの一つが、RWA(Real World Assets)です。RWAはDePINの重要な構成要素であり、DePINはRWAのトークン化を活用して機能するシステムとも言えます。そこで、DePINの理解を深めるために、RWAについても説明しておきましょう。
まず、RWAとは「Real World Assets」の略で、その名称の通り、実際に存在する価値のある資産を指します。例えば、不動産、美術品、金やダイヤモンドなどの貴金属、さらには知的財産権なども含まれます。
Web3の文脈でRWAというと、これらの現実世界の資産をデジタル化して、ブロックチェーン上で取引できるようにしたものを指します。正確に言えば、RWAのトークン化ということになります。例えば、高級時計や有名な絵画の所有権を、ブロックチェーン上のトークンとして表現し、それを売買したり、担保として使ったりできるようにする、といったことです。
(引用: rwa.xyz / An Unreal Primer on Real World Assets)
RWAをトークン化することには、以下のようなメリットがあり、これらの点こそ、RWAがWeb3領域で注目されている理由でもあります。
これらを踏まえて、DePINとRWAの関係はどのようなものになるでしょうか。ここまで説明してきたように、DePINは現実世界のインフラをブロックチェーンと結びつけるプロジェクトですので、RWA(トークン化された現実世界の資産)がその基盤となります。
例えば、Heliumプロジェクトでは、個人がワイヤレス・ホットスポットを提供し、その対価としてトークンを受け取ります。このワイヤレス・ホットスポット自体が「現実世界の資産(RWA)」で、それがブロックチェーンと連携するわけです。Filecoinプロジェクトでは、個人のハードディスクの空き容量が「資産」、つまりRWAとなり、それを提供することでトークンを得られます。
つまり、DePINは「日常で使うインフラ」というRWAを、ブロックチェーンの世界に取り込む試みだと言えるでしょう。
また、RWAの分類や性質で見た場合、既存のWeb3のRWA分野は、比較的流動性の高い無形資産が多いという状況に対して、DePINは、さらにメリットを得られる流動性の低い有形資産をターゲットとしています。
(図: DePINがターゲットとするRWA領域)
DePINのこういった指向により、Web3のRWAカバレッジを拡大する推進力にもなっているのです。RWAとDePINは密接に関連しており、両者の相乗効果によってWeb3の可能性がさらに広がっていくことが期待されています。
世界のIoTデバイス数は急増傾向にあります。令和4年版情報通信白書によると、2024年の世界IoTデバイス数予測値は399億台(2017年比210%)に達する見込みです。このようなエッジコンピューティングの急速な発展や、これまで本稿で説明してきたDePINのメリットを考えると、DePINの将来性は非常に有望だと言えるでしょう。
分散型インフラストラクチャの需要が高まるにつれて、ますます多くの個人や企業がネットワーク構築にDePINを活用するようになると予想されます。
しかし、DePINにはいくつかの課題も存在します。ここでは、よく取り上げられるDePINの課題や問題点を3つご紹介します。
まず1点目は、ブロックチェーンの処理能力が限界に達する問題です。これはDePINに限らず、ブロックチェーン全般が直面する課題であり、「ブロックチェーンのトリレンマ」と呼ばれます。ブロックチェーンのトリレンマとは、分散型ネットワークが抱える三つの主要な特性(スケーラビリティ、セキュリティ、分散化)の間でトレードオフが生じる問題を指します。この概念はEthereumの共同創設者であるVitalik Buterinによって提唱されました。
(図: ブロックチェーンのトリレンマ)
DePINネットワークは大量のエッジからの情報を処理する必要があるため、スケーラビリティの課題が常に存在します。このような背景があるため、DePINではSolana(ソラナ)というブロックチェーンプラットフォームがよく利用されます。
SolanaはProof of History(PoH)という独自のコンセンサスアルゴリズムを採用し、高速なトランザクション処理と低い取引コストを実現しています。Solanaはスケーラビリティ問題に対して高い耐性があり、安定したパフォーマンスを提供できるため、DePIN開発において主流の選択肢となっています。
DePINは革新的な技術ですが、その新しさゆえに既存の法規制との整合性が不明確な部分があります。世界各国の規制当局がDePINにどのように対応するかも現時点では不透明で、国際的な法的リスクが存在します。
DePINには様々なプロジェクトがありますが、例えば日本でDePINプロジェクトを展開する場合、以下のような法律との関係を慎重に検討する必要があります:
また、会計の観点からも課題があります。DePINで使用されるトークンの会計処理や資産評価の基準が明確に定まっていないため、適切な会計処理のガイドラインの確立が求められています。
これらの課題は、DePINに限らず、NFT(非代替性トークン)やDeFi(分散型金融)など、ブロックチェーン技術を活用する他の分野でも共通して見られます。
このような状況下では、法務・会計の専門家と緊密に連携し、法的リスクの軽減と適切な会計処理の実施に努めることが不可欠です。同時に、規制当局との対話を通じて、DePINの健全な発展を支える適切な規制環境の整備も重要な課題となっています。
この分野は急速に発展しているため、最新の法規制や会計基準の動向に常に注意を払い、適切に対応していく必要があります。
3点目は、インセンティブ(報酬)の設定と持続可能性の確保です。まず、インセンティブの重要性について。人々はインセンティブに基づいて行動するため、DePINに参加するためには価値のあるトークンを提供することが欠かせません。
インセンティブが不十分であれば、ネットワークの維持や発展が困難になります。一方で、過剰なインセンティブは逆に持続可能性に問題を引き起こす可能性があります。適切なバランスを見つけることが重要です。
次に、ネットワーク参加者の普及と理解が必要です。DePINの仕組みや利点を広く理解してもらうことで、より多くの参加者がネットワークに加わり、その健全な成長が期待できます。教育や情報提供が重要な役割を果たします。
さらに、事業の持続可能性も大きな課題です。DePINが長期的に成功するためには、経済的な持続可能性を確保し、安定した収益モデルを構築する必要があります。これにより、ネットワークは安定し、参加者の信頼を得ることができます。
これらの要素は、DePINのメリットであると同時に、克服すべき課題でもあります。インセンティブの適切な設定、ネットワーク参加者の理解促進、そして持続可能な収益モデルの確立を通じて、DePINの未来はより明るいものとなるでしょう。
DePINは、ブロックチェーン技術を活用して、現実世界のインフラストラクチャを分散型で構築・維持する新しいアプローチです。従来の中央集権的なインフラ管理から脱却し、透明性と効率性を向上させるこの仕組みは、私たちの日常生活に多大な影響を与える可能性を秘めています。
今後、DePINの技術がさらに進化し、私たちの生活にどのような変革をもたらすのか、非常に楽しみです。読者の皆様も、ぜひDePINの動向に注目し、その発展を見守ってください。