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2024.04.16

日本のVR研究を牽引する「東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター」の実像とは?

日本におけるバーチャルリアリティ(VR:仮想現実)研究の中心的な柱の1つが、「東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター(VRセンター)」だ。東京大学内の様々な学部や研究組織と横に連携し、民間企業や団体とも協力して最先端の研究と情報収集を行っている。今回、MetaStep(メタステップ)編集部は、センター長を務める東京大学教授の相澤清晴氏に、同センターの目的やこれまでの成果、企業と連携などについて聞いた。人の五感とVRの連携や、メタバースの新たな構築手法など、活動の一端が明らかになった。

東京大学教授 大学院情報理工学系研究科 電子情報学専攻
バーチャルリアリティ教育研究センター センター長 工学博士
相澤 清晴 氏

1983年東大電子工学科卒業。88年同大学院博士課程修了。工博。東大工学部助手、講師、助教授を経て、2001年より同教授.現在、同大情報理工学系研究科電子情報学専攻。東京大学VR教育研究センター長兼務。画像・マルチメディア処理、食事情報処理、コミックコンピューティング、360度映像処理とVR応用等に関する研究に従事。日本IBM科学賞、電子情報通信学会、映像情報メディア学会より論文賞、業績賞等受賞。IEEE/ ITE/ IEICEフェロー。日本学術会議連携会員。

VR研究の世界的拠点を目指す

VRセンターは、VR研究の世界的拠点を作ることを目的に設立された。東京大学の学部や研究組織を横断的につなぐ「連携研究機構」という位置づけになる。2018年2月からの5年間で第1期を終えた。その成功を受け、2023年2月から2期目に入っている。日本におけるVR研究のハブ的な存在として、基礎と応用の研究を進めている。

「2期目に入り、7つだった連携部局が10に拡大しました」と語るのは、東京大学教授でVRセンター長の相澤清晴氏だ。連携部局とは、VRセンターに運営委員を出して密接に連携する学内組織のことだ。第1期は「情報理工学系研究科」「情報学環」「新領域創成科学研究科」「人文社会系研究科」「医学系研究科」「工学系研究科」「先端科学技術研究センター」の7つだったが、新たに「農学生命科学研究科」「教育学研究科」「情報基盤センター」が加わった。


この背景には、VR活用のフィールドが広がっている現状がある。例えば、農学生命科学研究科は「附属動物医療センター」、いわゆる動物病院で行われている手術の様子を360度カメラで撮影し、ユーザーが見たい部分を自由に見られるインタラクティブ性を備えたVR教材を製作している。教育学研究科は、オンライン教育へのVR活用を模索する。情報基盤センターは、VR、メタバースの活用を確立しようとしている。

「コロナ禍を機に日常生活のオンライン化が加速し、VRへの注目が高まっています。あらゆる分野でVRの活用が期待されています」と相澤氏は話す。

身体感覚とVRの関係性や、映像を使った3D空間の創出などを研究

VRセンターが進めている基礎研究の大きな柱の1つに、「五感との連携」がある。

例えば、人は耳の奥にある三半規管を通じて重力や身体の傾き、スピードなどを感じている。これを「前庭感覚」という。青山特任准教授の研究によれば、この前提感覚を微弱な電気で刺激できるヘッドフォンのような装置を付けて歩くと、本人は真っすぐに歩いているつもりでも、電気刺激によって歩く方向を右左にコントロールされてしまう。

これにVRのヘッドマウントディスプレイを組み合わせ、3D空間の中で人の動きをコントロールする研究が進んでいる。同様に、嗅覚、視覚、味覚、触覚などへの刺激をインターフェースとし、VR空間の中で今まで無かったような体験を創り出す研究を進めている。

人の五感を電気刺激によってコントロールする研究

2022年1月には、メタバースの「cluster(講演会場)」とオープンソースのメタバース「Hubs Cloud(参加者視聴会場)」によって構築した独自のメタバースで、東京大学総長の藤井輝夫氏によるバーチャル講演を実施した。接続総数580人、累計1900人が参加するという大規模なイベントとなった。

「参加人数とシステムのスペックの関係など、様々な知見が得られました。商用サービスでは工夫が限られますが、オープンソースの基盤は自由に改編できるので、大学の研究との相性が非常に良いです」(相澤氏)。

東京大学総長の講演をメタバースで実施

2022年11月~12月には、東京大学大学院工学系研究科の「メタバース工学部」と連携し、「ジュニア講座 メタバースを作ろう」を開催した。リアルタイム受講者は抽選で選ばれた約100人に限られるが、視聴参加は無制限だ。1000人以上の参加登録があり、国内外から700人を超える中高生が視聴参加した。全5回の講座を通じてメタバース空間を作る演習を行い、最後に生徒たちが作ったメタバースの発表会を実施した。

相澤氏が中心となって進めている研究の1つに、「360度映像によるデジタルツイン空間」がある。「簡単に言えば、『グーグルマップ・ストリートビュー』の映像版です」(相澤氏)。

実在する街を3D空間内に再現するデジタルツインの活用が始まっている。「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」による「バーチャル渋谷」など、すでに事例も出始めている。しかし、すべてを3Dモデリングで作ると膨大な時間と手間とコストがかかる。これをもっと簡単でスピーディに実現する方法として、相澤氏らは実写の360度映像を使ってバーチャル空間を作ることを考えた。

東京の秋葉原や下北沢など、実在する街を360度カメラでつぶさに撮影し、多数の映像データをつなぎ合わせたオープンワールドをつくる。そのために、映像と映像のつなぎ目を自動検出し、映像を切って選択可能にすることで、曲がり角や十字路をユーザーの意志で曲がったり、突っ切ったりできるようにする。これにより、ユーザーは街の中を動きまわることができる (www.moviemap.jpで体験できる)。

直近では、ビデオからさらに進めて、アバターが動き回る360RVWというVR空間を構築した。アバターの移動領域を道路領域に制約することで、アバターであたかも3次元世界を動いているように感じることができる。また、アバター近傍の3次元空間で、ほかのオブジェクトやアバターとのインタラクションも可能となった。3次元世界にいるように思えても、位置に連動する映像で出来上がっている。

さらに、360RVWへの幾何データの導入も進めている。具体的には、国土交通省の3D都市モデルである「PLATEAU」のデータを活用し、3Dモデルに360度映像を投影することで、よりリアルな3D空間を実現した。都市モデルには、道路と建物以外はないが、道行く人、車、街路樹等々も含めて動的な射影により自然な見えが実現されている。なお、3Dの都市モデルの利用により、街の中への洪水などのビジュアリゼーションも建物モデルがあることで可能となった。

実際の街を360度カメラで撮影し、3Dモデルに投影してVR空間を構築する

「観光地の案内や、バーチャル防災訓練のようなことが可能になります」(相澤氏)。観光地で行われる祭りやイベントの様子を360度カメラで撮影し、バーチャル空間の形式で残せば、その模様を多くのユーザーがリアルに追体験できる。映像データで作れるため、3Dモデリングよりすばやく容易に実現できる利点がある。

防災方面での活用については、PLATEAUの「3次元浸水リスクデータ」を導入し、洪水発生時の様子を動的に体験できるアプリを試作した。利用者の防災意識の向上に貢献し、防災時の行動シミュレーションを可能にしている。

「3次元浸水リスクデータ」を導入し、洪水発生時の様子を動的に体験できる

この取り組みは「360°歩行映像のPLATEAUへの動的なプロジェクションと洪水可視化-Floodeau-への応用」として発表し、国土交通省の「PLATEAU AWARD 2023」で「イノベーション賞」を受賞した。

映像を使えば、現実の街を早く低コストで3D空間内に再現できる。そこに、防災やエンタテインメントなどのデータを適用することで、目的に応じたシミュレーションや、エンタテインメントを含むユニークな体験を提供できるようになる。

民間企業が参加できる「東大VRセンター メタバースラウンジ」

VRセンターは、民間企業との交流も積極的に進めている。その基盤が「東大VRセンター メタバースラウンジ」だ。

「VRやメタバースに高い関心を持つ人たちが集まり、学びや情報交換をしています。約20社が参加していますが、さらに増やしたいと考えています」(相澤氏)。参加企業の業界はITや通信だけでなく、メディアや法律事務所、音響、商社、製薬、食品、住宅ローンなど多彩だ。VRやメタバースが、業界を問わず様々な目的で活用されようとしていることがわかる。

メタバースに関する基礎講座やセミナー、プロジェクトに参加できるほか、メンバー同士がサロンで気軽に交流している。VRやメタバースの最新情報に触れ、自社プロジェクトへの応用や他社とのオープンイノベーションの機会を探ることができる。同ラウンジは2023年6月にスタートした。年会費は50万円(税別)だ(2024年3月現在)。

「東大VRセンター メタバースラウンジ」の主な活動

「国際的な標準化団体で、メタバースの標準規格が議論されています。日本側の検討メンバーとメタバースラウンジのメンバーがかなり重複しているので、そういう方々とフランクに交流しながら、常に新しい情報にキャッチアップできるメリットは大きいと考えます」(相澤氏)。

メタバースのビジネス活用について、相澤氏は「体験を共有するための素材として使うことが1つのシナリオになります」と説明する。街やオフィス、工場、イベント会場、エンタテイメント施設など、限られた空間をバーチャルに再現し、そこでの体験を他者と共有する。実写映像で3D空間を作る技術が確立されつつあり、企業がスピーディかつ低コストで実現できる時代に入った。具体的なビジネス活用の議論がこれから活発化すると、相澤氏は述べる。

VRセンターの今後について、相澤氏は「具体的な目的や用途を持つ民間企業との連携を強化していきます」と語った。研究環境をさらに改善し、学外の企業や団体からの参加者が往来しやすい環境を作る。

また大学の機関だけに、教育面への活用も大きなテーマとなっている。VRセンターで行う公募など、複数のプロジェクトが動いてきた。これまでは個別案件に特化されたものが多い。実際、それらの中に、萌芽があると考えている。また、様々な教育に共通して使えるようなプラットフォームのありかたの模索は継続的な検討が必要だと考えていると述べた。

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